想い出日記「メモリー空間」
現在のメインメモリーの容量は飛躍的に大きくなっています。ボードパソコン時代はフル実装で64kbでした。単位を間違えないで 下さい。そして一般的なボードパソコンの実装メモリーは、256b でした。
これでも機械語プログラムを書く事は可能でした。しかしあまりにも少ないので、すぐに増設用に4kb のメモリーボードが売り 出されました。当然ながら、CPUボードと接続の必要があり当時はマザーボードと呼ばれた接続ボードも売り出されました。これも また高価です。同時に、テレビやモニターに接続出来るビデオボードも売り出されました。
当時の方式は、メインメモリー空間の特定の領域がモニターのドットと対応している方式です。従ってその領域は、メモリーを 増設しても記憶領域には使用できません。メモリーの種類は、static メモリーです。これは、密度を上げにくいですが5V電源のみで 動作が可能でした。1ボード64kb になると、dinamic メモリーを使用します。これは、定期的な動作と複数の電源(12V等)が必要で やや本格的な構成になります。
上記の話をまとめると、64kb のボードを最終的には増設するのですが、メモリー空間の重なる部分・・CPUボードの256b のメモリー ・4kb の増設メモリー・ビデオボードで使用する領域は二重アクセスにならない様にする必要があります。
通常は64kb は16kb 単位で結線されていますので、16kb 単位で除外は出来ますがそれでは、メモリー空間が狭くなります。 私は、CPUボードの256b は線を切り(怖かった)二重アクセスを防ぎ、ビデオボード領域は16kb をアクセスから外し、16kb の内の 使用しない領域は4kb のボードのアクセス線を変えて4kb 使用できる様にしました。
64kb - 16kb +4kb が記憶領域として使用出来るメモリー空間になりました。(2008/09/06)
想い出日記「外部インターフェイス」
初期の外部インターフェイスはテープレコーダーで規格は300ボーの「カンサスシテイスタンダード」です。実に遅く、精度も 悪かったです。これでボードコンピュータでBASICを動かす時は、1:16進キーボード立ち上げ、2:フルキーに制御移行、 3:BASICソフトの読み込み、4:制御をBASICに移行、5:BASICのプログラムを読み込む、6:run という手順です。
それぞれのデータ量にもよりますが、15分くらいかかる事もしばしばでした。しばらくするとハードディスクも販売され ましたが高価で制御が困難で、ボードパソコンでは難しすぎました。併行してテープレコーダーでの転送速度の改善が進みました。 「サッポロシティスタンダード」1200ボーでした。その後登場した一体型パソコンでは使用されましたが、ハードディスクの普及 の影響で標準化されたのか普及はどの程度かは不明です。
ボードパソコンから一体型パソコンの登場は早かったですが、インターフェイスの問題は遅れました。(2008/09/14)
想い出日記「タイニー・言語の時代」
アマチュアの世界では、一部を除いて高等数学や経理は扱いません。必要な時はハードも含めて大型機を使用する時代でした。 実際は見かけは「マイクロソフト・ベーシック」の登場までの短い期間でしたが小型のプログラム言語やアマチュアの作った 記号言語が多く作られ使用されました。
2Kの整数MBASICから始まり、その拡張が行われました。アルテアーの768bもVTL(very tiny languege)は多くの記号言語を登場 させました。ちょっと書ききれないくらい多いです。それは、これらを掲載するアマチュア向けパソコン雑誌が一番活気があった ころです。
色々の問題点の指摘はあったものの「マイクロソフト・BASIC」の登場+制覇まではそのような時代でした。(2008/09/21)
想い出日記「機械語か?コンパイラか?」
現在はメインのC言語の増殖方式のプログラム言語制作が一般的です。具体的には、最初に機械語で最低必要なコンパイラを 作ります。次にそのコンパイラで、より高度なプログラム言語を書きます。そしてそれをコンパイルします。これを繰り返す事で 機能とコマンドの多いコンパイラが出来ます。
コンパイラの性能によって、コンパイル後の言語の生成する機械語の完成度・速度はかわります。厳密には機械語で書いた プログラムの方が速いですが書く時間は大きな差があります。
初期の8080/6080等は、方法を選ぶ事が可能でした。現在のように機械語やチップセットが複雑になると、もう機械語で書ける 人は少数です。
まだ初期は、機械語でプログラムを書く事も、ミニコンパイラでプログラム言語を書くことも多く行われていました。私は プログラム言語の制作は行いませんでしたが、アセンブラや逆アセンブラをミニコンパイラで書き利用していました。それまでは 実はハンド・アセンブル・逆アセンブルでしたので随分環境は進歩しました。
実はこの期間が長かったので、「マイクロソフト・BASIC」搭載の一体型パソコンを購入してもそのBASICは殆ど使いませんでした。 ただし、そのころから仕事でもパソコンを使うようになりました。そちらでは、「マイクロソフト・BASIC」は大きな戦力になりました。 (2008/09/28)
機械語に浸り、ミニ言語に熱中した時期
BASIC言語が、ソフトの中心だった時期
アプリケーションソフトの登場でプログラムから離脱