一体型パソコン2
日本語対応パソコンの登場の次は、クリーンシステム・OSへと進みました。
これは、パソコンソフトの標準化の始まりでもありました。
ウインドウズ登場までの過程でした。(2009/01/02)
クリーンパソコン
確かにこのように呼ばれた時期があります。内容は単純に、全部のメモリー領域が全てラムになる事です。
BASICやシステムロムが存在すると、それ以外を使用するときにはメモリー領域が少なくなります。その為にモードの切り替え でロムの無い状態と有る状態を切り替える機能があるパソコンが登場しました。
当然ながら、初期状態がクリーン状態で、最初にシステム・BASIC等をメモリーに読み込むパソコンもこれにあたります。 BASIC以外の言語やソフトを使用する時にメモリー空間を広く使えます。
これは次の、OSシステムへ進む途中過程にあたります。本格的には、ハードディスクという速度の速い外部記憶装置の普及が あって初めて有効になります。(2009/01/04)
BIOS
全くプログラムがハード側に存在しない事はなく、BIOS(basic input output systen)は存在します。
これは、入出力等の基本動作を行うプログラムです。ソフトウエアから見てこのプログラムが同じ動作をすれば、ハードとBIOS が異なっていても同じソフトは動作します。
ただ意味的に、少し異なる意味で使用される事もあります。
例えば、FM-8,7シリーズでは、2つのCPU(メインとディスプレイ用)をつなぐプログラムをこの様に呼んでいます。似た事は 色々とあります。(2009/01/16)
メモリー領域の拡大
初期の64Kbのメモリー領域は直ぐに不足しました。その為にメモリー領域の拡大が行われました。
2つのCPU(メインとディスプレイ用)の使用もその一つの方法です。また、メモリー領域を重ねて切り替えで1つのみをアクセス する方法が使用されました。
CPUを8ビットから16ビットにする事はシンプルな方法に思えますが、実際はアドレスバスやデータバスの取り扱いの問題があり 直ぐに実力が発揮する訳には行きませんでした。ただCPUの処理能力を上げる事は別の理由で進歩して行きました。
CPUだけでなく周辺のチップセットが揃って、動作する時代に変わって行きます。(2009/02/01)
外部機器の不安定さ
どんな製品でも言えますが、新製品は不安定さがあります。
とくに出荷検査外の外部機器を接続する時は相性というか、単なる技術レベルの問題か動作トラブルは多くありました。
読めないフロッピィデスクは普通です。書きこんだ機器でしか読み出せない事は度々でした。機器の問題か媒体の問題かさえ分かり ません。知らない人が片面書き込み媒体を両面媒体として使用していた事もあります。
不安定ならばバックアップというのは現在の感覚ですが、どの媒体も高価ですから鈍感に考えないとパソコン自体を否定する事に なる時代でした。(2009/02/15)
何が「一体」か?
ボードパソコンの次は、一体型パソコンとしましたが、何が一体かは色々あります。
パソコンとしては、次にノートパソコンの登場や色々な形状のパソコンが登場します。そこでは後者はデスクトップパソコンと 呼ばれます。
ノートパソコンは、おおむね一体型ですので、何が一体かを述べておく事は必要です。
パソコンを機能単位で分けると、1:「データ処理部」2:「キーボード」3:「表示部」4:「メインメモリー以外の記憶部」等に分かれます。
最初は、1と2が一体になりました。3と4は選択またはオプションです。
次には4が常設になり、1に組み入れられるようになります。同じ頃に、2が分離するデザインや、3が一体化されるデザインが 広がりました。従って、1+4、2、3の組み合わせ方になります。それは細部のデザインは変わっても現在も続いています。 (2009/03/29)
表示部とデータ処理部の一体型パソコン
ノートパソコンの技術向上により、上記の1+4が小型化しました。
ノートパソコンは省スペースだが、表示部は大きく見やすい方が良く、キーボードも標準タイプが好ましいという人も多いです。
簡単に言えば、入出力のヒューマンインターフェイスは小型化は好まないという設計です。
見た目は、表示部(多くはフラット液晶)と標準キーボードのみの見えます。
デスクトップのタワー型が、小型化して来てもやはり邪魔という面はあります。
このタイプの一体型パソコンが、ディスクトップに取って代われない理由は、その拡張性に制限がある事でしょう。
これが克服出来る設計は今後の課題でしょう。(2010/11/07)
機械語に浸り、ミニ言語に熱中した時期
BASIC言語が、ソフトの中心だった時期
アプリケーションソフトの登場でプログラムから離脱