徳川家康6

スタッフ

原作:山岡荘八『徳川家康』
脚本:小山内美江子』

第46回:11月20日:老いの決断

慶長19年8月に駿府で本多正純(本田博太郎)は片桐且元(久米明)に徳川家康(滝田栄)は会わなく真意は豊臣秀頼(利重剛)の対応を見る事と告げ、大坂城で秀頼は千姫(石原真理子)と待ち、翌々日に且元は正式の詰問を受けた。
淀君(夏目雅子)の使者・大蔵局(柳川慶子)らが駿府に来て家康に会うが何も言われず、茶阿局(武原英子)から持てなしを受け、帰途に且元と会いその思案を聞いた。
且元は京で板倉勝重(山本亘)から大坂に浪人が集結すると責められ、淀君は大蔵局から且元の思案を聞き大野修理(谷隼人)と渡辺内蔵助(久富惟晴)から且元の陰謀を聞き、真田幸村(若林豪)が入場した。
家康は天海(竜雷太)に意見を聞き信玄の死の状況を思案し、家康は秀頼の且元への処罰を聞き、勝重から大坂情勢の悪化を聞き、家康は徳川秀忠(勝野洋)に連絡し諸侯に出陣を求め、大軍で駿府を発った。
幸村は奥原信十郎(井川比佐志)と話し、家康は秀忠軍と合流し軍議で長対陣を決め本多正信(内藤武敏)らに大砲を使い和議を狙うと告げた。 抜け駆けで戦が始まった。


演出:加藤郁雄

第47回:11月27日:大坂 冬の陣す

慶長19年11月に大坂冬の陣が始まり、大坂方は篭城に追いつめられ、徳川家康(滝田栄)は徳川秀忠(勝野洋)と本多正純(本田博太郎)と柳生宗矩(夏木陽介)らに勝ちすぎたと告げ、家康は陣内に阿茶局(上村香子)を連れた。
真田幸村(若林豪)は大野修理(谷隼人)から豊臣秀頼(利重剛)の総攻撃の意向と年内の淀君(夏目雅子)らの和議の予定を聞き、大坂勢の一部が堺を焼き、城に大砲が打ち込まれ、秀頼は一斉攻撃を命じたが淀君が反対した。
家康は阿茶局と常高院(三浦真弓)を淀君に使者に出し、翌朝に淀君と秀頼は和議と決したと告げ、幸村は修理に交渉内容を聞き、伊達政宗(尾上辰之助)は家康に会い濠埋め立て後の攻撃を問い否定され、宗矩から欧州向け大船を問われ、幸村は夜襲を計画し奥原信十郎(井川比佐志)に秀頼の裁可を求めに行くが諦めた。
東軍が濠を埋め、板倉勝重(山本亘)は修理に浪人らの始末を求め、二条城で家康は家族と家臣らと正月を迎え、秀頼の使者・木村長門を迎え喜び、家康は勝重らに大和郡山城建設の準備を命じ、駿府に向かった。
秀忠と側近は豊臣家への強い対応を話し、勝重が大坂方の不穏の動きを告げ、秀忠は千姫(石原真理子)への家康の私情を考え千姫へ自害を求め、家康は千姫事件を聞き秀忠の考えを歎き、そして浪人らの暴動の動きを聞き再度の出陣を覚悟した。


演出:大原誠

第48回:12月4日:大坂 夏の陣

大坂城内で浪人衆が騒ぎだし淀君(夏目雅子)と豊臣秀頼(利重剛)の意向を無視し、慶長20年4月に徳川家康(滝田栄)は駿府を出発した、淀君は常高院(三浦真弓)を使者に出したが大野修理(谷隼人)から織田有楽斎(山本耕一)の裏切りを聞いた。
修理は戦評定で真田幸村(若林豪)と大野治房(谷岡弘規)と木村重成(加納竜)と後藤基次と毛利勝永らに行き先がないと告げ、名古屋城で家康は有楽斎から浪人らは狼になっていると聞き、家康は茶阿局(武原英子)と常高院に会い「淀君と秀頼を死なせない」「修理に徳川秀忠(勝野洋)に囲まれる前に大和郡山移転をさせよ」と告げた。
常高院は修理に伝え、修理は奥の警護役・奥原信十郎(井川比佐志)に3人の救出を相談し、二条城で秀忠は家康と本多正信(内藤武敏)と本多正純(本田博太郎)と柳生宗矩(夏木陽介)らと急がず野戦に引き出すと告げた。
大坂城内で修理が襲われ秀頼は常高院から家康に意向を聞くが治房が断り、淀君と千姫(石原真理子)は常高院から謝られ、治房らは大和郡山城を焼き大坂夏の陣が始まった。
家康は出陣を命じ、大坂は押し戻され軍議で野戦を決め道明寺口に出陣した、後藤勢と木村勢は敗れ、幸村は退却を決め、松平忠輝(田中健)勢は伊達政宗(尾上辰之助)から出陣を止められた、幸村は翌日に家康の奇襲を狙い、家康と秀忠は孫・忠直を叱り諸侯に翌日は自身が前に出ると告げ秀忠に号令を命じ、大坂への降伏を求めさせた。


演出:松本守正

第49回:12月11日:落城

徳川家康(滝田栄)は真田幸村(若林豪)陣の茶磨山に向かい、松平忠直勢と片桐且元(久米明)勢が先陣を切り、忠直勢の抜け駆けで一気に闘いが起きた、幸村は東軍を混乱させ、家康の周囲が薄くなり幸村本隊が狙い、井伊直孝(門田俊)勢と藤堂勢と本多正純(本田博太郎)勢が気づき、徳川秀忠(勝野洋)が孤立したが柳生宗矩(夏木陽介)が防いだ。
幸村は家康に辿りつけず真田勢は全滅した、大坂城で豊臣秀頼(利重剛)は奥原信十郎(井川比佐志)と本丸を去り、淀君(夏目雅子)と千姫(石原真理子)と大野修理(谷隼人)と饗庭局(茅島成美)と大蔵局(柳川慶子)らと曲輪に移り、信十郎は淀君が千姫を去らせたと知った。
秀忠は千姫の秀頼の命乞いを認めず、且元は秀忠に秀頼の居場所を告げたが土井利勝(木村四郎)から決断が遅いと言われ、翌朝に東軍が曲輪を取り囲み降伏条件で揉めて、淀君は自害を決め、信十郎は残党狩に巻き込まれ、家康は曲輪に向かい、秀頼は家臣に介錯を命じ、淀君と秀頼らが自害した。
家康は家臣らが秀忠の命で秀頼らを自害させたと知り二条城へ引き上げた、家康は茶阿局(武原英子)に家臣らと気持が分かれ孤独になった寂しさを告げた。


演出:加藤郁雄

最終(50)回:12月18日:泰平への祈り

徳川家康(滝田栄)は二条城で伊達政宗(尾上辰之助)と松平忠輝(田中健)に会い、柳生宗矩(夏木陽介)を責め家臣と子らをも責め、忠輝への謀反の噂を責めると政宗が庇い、家康は政宗への警戒を忠輝に向けていた。
翌日に家康は忠輝から大坂城が欲しいと異国との交易を聞きその戦略が武力と聞き、自身の王道の考えとは違った、家康は板倉勝重(山本亘)に戦は続く考えの政宗と真田幸村に忠輝が加わり徳川秀忠(勝野洋)を敬う心がないと告げた。
翌日に家康は秀忠に忠輝の処分を求め、秀忠は千姫(石原真理子)の処分と豊臣秀頼の子・国松の処刑を決めた、家康は高台院(吉行和子)に会い謝り、京と大坂で豊臣の残党狩が行われた。
家康は本阿弥光悦(大出俊)から批判され、家康は宗矩に千姫の江戸送りを求めさせ、勝重に光悦の住まいを作らせ、本多正純(本田博太郎)に忠輝とは永久に対面しないと告げ、勝重は松平勝隆(奥田瑛二)に忠輝への使者を求め、家康は駿府に千姫は江戸に向かった。
忠輝は駿府で勝隆から永代面禁止の命を受け、勝隆は真意は政宗の謀反を防ぐ為と告げ、忠輝は政宗から密書を受け、江戸の五郎八姫(岡本舞)は宗矩から別居を求められ、五郎八姫は政宗に天海(竜雷太)へのとりなしを求めた。
政宗は領地仙台に戻り、忠輝は政宗の指示で領地越後高田に戻り、家康は宗矩と相談し茶阿局(武原英子)に会い、家康は勝隆に忠輝への使者を頼み深谷に蟄居を命じ、家康は江戸に向かい鷹狩りを行い徳川の防衛戦の整備をした。
家康は江戸城で竹千代を諸侯に跡継ぎと示し、家康は天海に会い、宗矩は仙台で政宗に戦はしないと告げ、家康は秀忠に悪政の抑え方法を話し、年の暮れに駿府に戻った。
家康と茶阿局は光悦と茶屋又四郎(福田勝洋)に会いオリーブ油を贈られ、それで揚げ物を食べたが夜に倒れた、秀忠は徳川頼宣(高野浩和)と徳川頼房(高橋修宏)を連れ江戸から来て名古屋の徳川義直(里中村仁)と家康を見舞い、京の特使は見舞い太政大臣を授けた。
政宗は家康を見舞い、家康は家族と家臣に言葉を残し死後の処置を命じた、家康は茶阿局から忠輝との対面を望まれ遺品の笛を渡せと告げた、家康は翌日死んだ。


演出:大原誠

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