風林火山5

スタッフ

原作:井上靖『風林火山』
脚本:大森寿美男

第37回:9月16日:母の遺言

山本勘助(内野聖陽)は大井夫人(風吹ジュン)から武田晴信(市川亀治郎)は良き父親にはなれないと言われ晴信を頼まれた、勘助は晴信と武田信廉(松尾敏伸)と駒井政武(高橋一生)は今川との婚儀が決まり力を持った北条への通知を考えた。
天文21年1月に北条氏康(松井誠)と清水吉政(横内正)と北条新九郎(早乙女太一)は上州・平井城の前に陣を引き、関東管領・上杉憲政(市川左團次)は他国から武士を集め過ぎ譜代がバラバラになったと告げ、上杉家臣・長野業政(小市慢太郎)は憲政に勝機は無いと告げ越後へ逃がした。
真田幸隆(佐々木蔵之介)と忍芽(清水美砂)と真田信綱(森脇史登)と相木市兵衛(近藤芳正)は葉月(真瀬樹里)から上州の様子を聞き、勘助は小田原城で氏康に今川と武田の婚儀を知らせ、北条と今川の盟約を求めた。
武田館で大井夫人は三条夫人(池脇千鶴)から武田太郎(木村了)と今川家の姫との婚儀を聞き、越後・府中館で長尾景虎(GACKT)と直江実綱(西岡德馬)と柿崎景家(金田賢一)と宇佐美定満(緒形拳)と大熊朝秀(大橋吾郎)は憲政と会い北条征伐を求められ、応じるが出陣は断り、氏康は家臣に捕らわれて連れられた憲政の嫡子と斬り合い殺し、裏切った憲政の家臣らを斬った。
甲斐で三条夫人と萩乃(浅田美代子)は飯富虎昌(金田明夫)と太郎の婚儀を話し、5月に大井夫人は死んだ。


演出:清水一彦
生島足島神社(長野県上田市)別所温泉(長野県上田市)

第38回:9月23日:村上討伐

武田晴信(市川亀治郎)は大井夫人の葬儀後に軍議で「村上義清(永島敏行)が和睦を断った」と討伐を告げ、飯富虎昌(金田明夫)は今川との婚儀の先延ばしを求め、晴信は三国の盟約を進めると告げ、山本勘助(内野聖陽)は婚儀が先と告げた。
諸角虎定(加藤武)と馬場信春(高橋和也)は力での討伐を議論し、8月に武田勢は信濃・安曇・小岩嶽城を落とした、飯富源四郎(前川泰之)は飯富昌景となり春日源五郎(田中幸太朗)は春日虎綱(田中幸太朗)となり出世し、11月に武田太郎(木村了)と綾姫(平田薫)の祝言が行われ、勘助は屋敷でリツ(前田亜季)から慕われた。
越後・府中館で上杉憲政(市川左團次)は遊興し長尾景虎(GACKT)と直江実綱(西岡德馬)から先に官位の礼に上洛し勅命を受けると聞き、天文22年3月に武田軍は出陣し、葛尾城で義清は孤立無援になり矢崎平蔵(佐藤隆太)とヒサ(水川あさみ)は篭城し、深志城で晴信は真田幸隆(佐々木蔵之介)と相木市兵衛(近藤芳正)から内通者の報告を聞いた。
義清は越後へ落ち延びると告げ、勘助は晴信に義清を逃して越後を援軍にさせると告げ逃す手立てを話し、虎綱は川の浅瀬を義清を通し、深瀬を渡る村上の妻らを馬場は対岸で待ち伏せ自害を図ったヒサを助けた。
春日山で義清は景虎と宇佐美定満(緒形拳)らに会い援軍を求め、義清は柿崎景家(金田賢一)と大熊朝秀(大橋吾郎)が出陣し旧領を取り戻した。
武田は一旦は退き、再度出陣して塩田城に迫り義清は3月後に越後に退いた、晴信は勘助から景虎の出陣を聞いた。


演出:田中健二
自元寺(山梨県北杜市)

第39回:9月30日:川中島!龍虎激突

天文22年(1553)8月に長尾景虎(GACKT)は宇佐美定満(緒形拳)と直江実綱(西岡德馬)と大熊朝秀(大橋吾郎)と柿崎景家(金田賢一)らと出陣し、信濃・塩田城で武田晴信(市川亀治郎)は犀川そいの牧城を春日虎綱(田中幸太朗)が城主・香坂筑前守(中島久之)と守った。
甲斐でリツ(前田亜季)は待ち、諏訪で由布姫(柴本幸)と志摩(大森暁美)は越後の出陣を知り、晴信と山本勘助(内野聖陽)は飯富虎昌(金田明夫)に城を固めさせ本陣を動かさず、景虎は武田が動くまで陣を進めさせ武田の先鋒と戦い突破し、城を落とした。
勘助は坂木で景虎勢の取り囲みを狙い、定満は坂木は危険と考え晴信の誘い出しを考え深志に向かい、諸角虎定(加藤武)が苅谷原城の守りに出陣したが武田は防戦になった。
虎定と飯富昌景(前川泰之)は苅谷原城を守り、晴信と武田信繁(嘉島典俊)は援軍を考えたが勘助は止め苅谷原を捨てる事を考え、景虎は待つが晴信が動かず定満は引きあげを求めた、しかぢ虎定が篭城し、深志城で馬場信春(高橋和也)は出陣準備し、晴信は信繁に援軍を行かせ、勘助は夜討ちをかけさせ、定満は挟み打ちを避けて引き上げさせた。
信繁は虎定を責めた、塩田城で晴信は虎定を問い詰め隠居したく志気を高める為に戦いたかったと聞き、晴信は信繁と馬場と勘助の対応を告げ皆が虎定を守ったと告げ、虎定はまたしても不覚だと告げた。
景虎は途中で再度塩田に引き返し、晴信は陣をあげ千曲川を挟み鶴翼の陣で長尾の魚鱗の陣と対陣した、双方が動けず景虎は晴信軍を見て引き上げた。


演出:東山充裕
善光寺(長野県長野市)

第40回:10月7日:三国同盟

山本勘助(内野聖陽)は甲府へ戻りリツ(前田亜季)に迎えられ、諏訪で武田晴信(市川亀治郎)は由布姫(柴本幸)に勘助の縁談を話した、勘助は原虎胤(宍戸開)から晴信の指示と言われ、勘助は真田幸隆(佐々木蔵之介)と忍芽(清水美砂)と相木市兵衛(近藤芳正)に話し婚儀を勧められた。
勘助は晴信に越後対策で善光寺の牒略を告げ、長尾景虎(GACKT)の上洛を知り、三国同盟の好機と考えた、景虎は京で後奈良天皇(市川段四郎)に拝謁して綸旨を受けた。
晴信は重臣・秋山信友(市瀬秀和)らを集めて軍議を開き嫡男・武田義信(木村了)もいた、勘助は今川は尾張と戦し背後の北条との戦で三国同盟を謀ると告げた、天文23年2月に北条は駿河に出陣し武田軍が迎え、三河で今川義元(谷原章介)と太原崇孚雪斎(伊武雅刀)は知らせを受け駿河に戻り今川氏真(風間由次郎)を怒り、雪斎は武田の寝返りを心配し疑うが同盟を結ぶと考えた。
晴信は陣で雪斎から話しを聞き、雪斎は北条氏康(松井誠)と清水吉政(横内正)に和睦して同盟を求め、富士郡善徳寺で晴信と義元と氏康は対面して武田から姫を北条に嫁がせ、北条から姫を今川に嫁がせて盟約を結んだ。
雪斎は勘助に「驕りは災いになる」「身内がいなく慈愛は判らない」と告げ、三条夫人(池脇千鶴)は長女・梅(福田麻由子)を北条の嫁に出し想いを話した、勘助は自分には出来ない慈愛と思った。 由布姫が血を吐いた。


演出:大杉太郎
善得寺公園(静岡県富士市)

第41回:10月14日:姫の死

山本勘助(内野聖陽)は武田晴信(市川亀治郎)から由布姫(柴本幸)が血を吐いたと言われ、勘助は諏訪に由布姫を訪ね「長く生きられない」「男に生まれたかった」と聞き、夕方に晴信と勘助は由布姫に木曽一族への出兵を迷うと告げ討ってから姫を嫁がせろと言われた。
真田幸隆(佐々木蔵之介)と相木市兵衛(近藤芳正)は善光寺の旭山城を確保し、河原村伝兵衛(有薗芳記)は葉月(真瀬樹里)に鉄砲を見せた、勘助は由布姫から嫁を取れと言われた、晴信と勘助は木曽に出陣し木曽谷・薮原に砦を作り秋山信友(市瀬秀和)に任せた。
天文24年(1555)4月に長尾景虎(GACKT)が川中島に出陣し武田軍も対陣した、景虎は直江実綱(西岡德馬)と柿崎景家(金田賢一)と大熊朝秀(大橋吾郎)と軍議し宇佐美定満(緒形拳)は旭山城の対面に葛山城を築かせた。
膠着状態になり200日睨み合い、10月に弘治に代わり勘助は和議を今川に依頼し、太原崇孚雪斎(伊武雅刀)は景虎に和議を持ちかけ景虎は旭山城を交換に兵を引いた、雪斎は駿府に戻り元服した松平元信(坂本恵介)に夢を託すと告げ倒れた、今川家は雪斎の死で変わって行った。
由布姫は晴信に四郎(池松壮亮)を頼み勝頼の名にすると聞き、勘助は木曽で由布姫の死を聞いた。


演出:清水一彦
上杉神社(山形県米沢市)

第42回:10月21日:軍師と軍神

山本勘助(内野聖陽)は諏訪に戻り武田晴信(市川亀治郎)から由布姫を弔ったと聞いた。
晴信は三条夫人(池脇千鶴)と萩乃(浅田美代子)に由布姫の死を告げ、弘治2年(1556)4月に四郎(池松壮亮)は高遠城代・秋山信友(市瀬秀和)の元に預けられ、勘助は志摩(大森暁美)から由布姫との約束を守って欲しいと言われた。
春日山で長尾景虎(GACKT)に内部の領地争いが起き、上杉家側の大熊朝秀(大橋吾郎)が直江実綱(西岡德馬)と本庄実仍(木村元)と柿崎景家(金田賢一)と対立し、宇佐美定満(緒形拳)が仲裁した、景虎は浪(占部房子)に歎き、6月に定満は実綱に景虎の出奔を告げた。
リツ(前田亜季)は葛笠太吉(有馬自由)に勘助の行き先を問い、勘助は旅に出た、越後で長尾政景と妻・桃は定満と実綱から景虎の出奔を聞き、桃は景虎が信じるのは母だけと告げ、高野山で勘助は金剛峰寺無量光院の住職・清胤(佐藤慶)に会い悩みを打ち明け、そこで景虎が法名・宗心になり来て清胤に修行を求めた。
勘助は景虎に刺客と思われ争い清胤に諫められた、清胤は片方はおのれを低く見すぎ一方は高く見過ぎ天と地だと告げた、景虎は訪ねて来た政景と実綱から朝秀の謀反で戻って欲しいと求められ、勘助に裏に武田を見た告げた。 勘助は武田館で晴信と原虎胤(宍戸開)にリツを養女にしたいと告げ、勘助はリツに仏像を託した。


演出:田中健二
高野山(和歌山県高野町)

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