「真田太平記:1」
- 真田太平記
-
池波正太郎原作の代表シリーズのひとつです。
真田一族は、戦国時代の地方豪族から江戸時代まで、地方の小藩で生き続けた。
この時代を始めから最後まで、存在した藩は少ない。
特に、昌幸>信之>幸村の3人は、著名で個々にも多くの小説に登場します。
特に人気は、幸村で豊臣の滅亡と絡めて語られます。
しかし、小藩を守り続けた、信之はあまり語られないようです。
- 概要
-
武田信玄の死後、そこに属していた小藩は、いかに生き延びるか個々に悩んでいた。
中心勢力の織田信長、その同盟の徳川家康、謙信亡き後の上杉勢、関東の北条と周囲は敵だらけだった。
どこかに、ぞくさなければならないが、選択を間違えると直ぐに滅びます。
絶えず、天下の情勢を見ながら一族が力を合わせて行きます。
そして、選んだ道は、戦国時代ながらの微妙なものでした。
その評価は、個人の好みで変わるでしょうが、やや語れない信之がメインとなっています。
ただ、他の登場人物も同様に丁寧に描かれています。
歴史上ではない、架空の人物も多く登場して丁寧に描かれます。ドラマ・真田太平記は、1985年にNHKで放送された連続テレビドラマで、NHK新大型時代劇の第二作目です。
全45話。
- 第1回:1985年4月3日:「若武者たち」:演出・大原誠
-
天正6年3月、武田信玄の死後3年後に武田勝頼(宏滋晃)は織田・徳川に攻められ高遠城も陥落間際だった。
上州・岩櫃城の真田昌幸(丹波哲郎)は勝頼を岩櫃城に呼んで籠城を狙うが、果たせず武田は滅んだ。
昌幸は正室・山手殿(小山明子)と暮らしていたがその妹・久野(香野百合子)とも親しくその子・樋口角兵衛(榎木孝明)は昌幸の子らと仲がよかった。
真田信幸(渡瀬恒彦)・真田幸村(草刈正雄)・樋口角兵衛(榎木孝明)らが競って成長していた。
高遠城には真田の草の者・お江(遥くらら)が潜入していたが頭・壺谷又五郎(夏八木勲)の指示で向井佐平次(木之元亮)を救い出すが、織田の草・猫田与助(石橋蓮司)らにしつこく狙われた。
真田昌幸(丹波哲郎)は真田信幸(渡瀬恒彦)・真田幸村(草刈正雄)・矢沢頼康(大谷友右衛門)らと武田という主を失った後の事を話しあった。
織田・徳川・上杉・北条のどこも信頼できないが、孤立して生き延びる事も難しかった。
- 第2回:1985年4月10日:「天魔の夏」:演出・門脇正美
-
昌幸(丹波哲郎)はやむを得ず信長に従うと決めた。
向井佐平次(木之元亮)を助けたお江(遥くらら)は奥村弥五兵衛(真田健一郎)の助けで別所温泉に連れて行った。
幸村(草刈正雄)は訪れた別所温泉で向井佐平次とあい真田庄に連れて行くが、佐平次は幸村の最初の家来となった。
信長は論功として滝川一益(里居正美)に上州を与えるが、信幸(渡瀬恒彦)は真田が試されていると言った。
昌幸は正室・山手殿(小山明子)に拒否されて、沼田城でお徳(坂口良子)と過ごし、矢沢頼綱(加藤嘉)・壺谷又五郎(夏八木勲)と矢沢に呼ばれた信幸(渡瀬恒彦)と4者会談を行い、滝川一益と会うと決めた。
滝川は沼田城に入り、真田庄はそのまま真田昌幸が納めると言った。
天正10年6月、織田信長は京都・本能寺で明智光秀に討たれて死に、知らせはお江から昌幸に伝わった。
昌幸は、滝川一益が急ぎ去った沼田城に入り北条から守った。
- 第3回:1985年4月17日:「幸村初陣」:演出・永野昭
-
信長の死後、上杉は岩櫃城を北条は沼田城を狙って動き、幸村(草刈正雄)は徳川に頼る事を薦めるが徳川と北条の同盟の話が入った。
北条から使者から来たが徳川から連絡を受けていないと追い返し、昌幸(丹波哲郎)は上田に築城を計画した。
天正11年に上杉が南下して昌幸が出陣し、幸村は許可無く初陣した。
昌幸は幸村と砥石城に移り、信幸(渡瀬恒彦)と矢沢頼康(大谷友右衛門)が岩櫃城に残った。
昌幸は真田庄でお徳(坂口良子)の館を訪れていた。
京では諸侯の動きが激しく北の庄が落ち、佐平次(木之元亮)はもよ(音無真喜子)と出会い、お徳は子を身ごもり、角兵衛(榎木孝明)は三輪(堀江しのぶ)を追いかけ、信幸(渡瀬恒彦)は待女・弥生(入江繭子)に恋をした。
佐平次ともよの婚儀が決まり、待ちきれない昌幸は上田築城をはじめ、上杉が南下して信幸の出陣(初陣)が決まった。
- 第4回:1985年4月24日:「角兵衛騒動」:演出・大原誠
-
天正10年秋、信幸(渡瀬恒彦)は上杉軍・羽尾源六郎(岡本隆)が攻める真田の中棚砦救出に出陣し、角兵衛(榎木孝明)は勝手に初陣した。
信幸は200名を上杉の城・丸岩城へ向け上杉軍の混乱に乗じて中棚砦救出に成功し、岩櫃城に戻った。
お江(遥くらら)は大阪で豊臣の築城の動きを知り又五郎(夏八木勲)に連絡し、又五郎は徳川と北条の婚儀・織田信勝と豊臣秀吉の仲が悪い事も知り、昌幸(丹波哲郎)に伝えた。
家康の動きを知るために、お江は浜松に移動したが軍馬の出入りが多くなり、信勝の密書を見る為に城に潜入するが見つかり、あやうく脱出した。
山手殿(小山明子)と久野(香野百合子)がお徳(坂口良子)の懐妊と生まれる子供が男子の時の危惧を話すのを角兵衛が盗み聞き、勝手に暗殺に真田庄に向かった。
信幸は角兵衛の不在を知ると砥石城の幸村(草刈正雄)に連絡し、幸村はお徳を助け山手殿の草の者を斬り、角兵衛を砥石城の地下牢に入れた。
角兵衛は訪れた昌幸に姉・久野と何があったかと聞いた。
- 第5回:1985年5月1日:「秘密」:演出・門脇正美
-
天正11年正月、昌幸(丹波哲郎)はお徳(坂口良子)を当時2つに別れていた上州の名胡桃城に移すと決め、砥石城の幸村(草刈正雄)に任せた。
名胡桃城では鈴木主水(金内吉男)と妻・栄子(北川めぐみ)が待っており、息子・鈴木小太郎(岡村菁太郎)にも会った。
幸村は小太郎に織田信勝が家康を頼り戦が近いと言い、全国の草の者から情報が入ると言った。
幸村は佐平次(木之元亮)に秘密を語った「信幸(渡瀬恒彦)と幸村は腹違いで自分はお徳のいた家で生まれた」。
岩櫃城に寄った幸村に山手殿(小山明子)と久野(香野百合子)は何故角兵衛(榎木孝明)を殺めようとしたか聞いた。
久野は信幸に砥石城の牢の角兵衛に会わせてもらうが、角兵衛は自分は昌幸の子かと聞いた。
天正12年春、お江(遥くらら)は家康と秀吉の仲が悪化していると知り、佐平次ともよ(音無真喜子)の祝言が行われている砥石城に戻った。
その中で角兵衛が牢を破り逃げた。
3月に家康は西へ動き、昌幸は北条の動きに警戒し、江は戦場へ向かった。
- 第6回:1985年5月8日:「出会い」:演出・永野昭
-
小牧で家康と秀吉はにらみ合い、お江(遥くらら)は昌幸(丹波哲郎)に秀吉の奇襲を告げるが家康の草の者が多く動いており、情報は伝わるだろうと言い、長久手で家康は勝った。
信幸(渡瀬恒彦)は矢沢三十郎(大谷友右衛門)に家康が1割の人数で持久戦に持ち込み力を見せた、北条に借りが出来たので沼田の行方が真田の岐路となると言った。
砥石城で昌幸と幸村(草刈正雄)が又五郎(夏八木勲)に鉄砲を教えられていると、草の者が角兵衛(榎木孝明)に殺された様だと伝えた。
現地に向かった幸村は角兵衛に矢で撃たれたが、お江に助けられ別所温泉で治療を受け、風呂で一緒になり、夜に抱いた。
幸村に又五郎(夏八木勲)との関係を聞かれたお江は身の上を語った。
「父は甲賀の忍びで武田に入っていて妻をめとり、自分が生まれたが引き揚げ命令に背き殺され、裏切り者の子となったお江は又五郎と共に忍びも人として見ている真田に来たが、草の者も主を選ぶ。」
幸村はまた逢いたいと言ってお江と別れた。
名胡桃城ではお徳(坂口良子)が女子を産んだ。
- 第7回:1985年5月15日:「危急存亡の時」:演出・大原誠
-
天正13年3月、上田城が完成し、お徳(坂口良子)の子供・菊が生まれた。
徳川の使者(外山高士)が来て沼田城の引き渡しを要求したが昌幸(丹波哲郎)は拒否した。
昌幸は、信幸(渡瀬恒彦)と矢沢三十郎(大谷友右衛門)らを呼び寄せ、上杉宛に既に和睦を申し出たと言った。
返事は、昌幸自身が春日山城の上杉景勝(伊藤孝雄)に逢いに行くことだった。
又五郎(夏八木勲)は全ての草の者を呼び帰し、信幸は岩櫃城で戦の準備をした。
昌幸は、人質の幸村(草刈正雄)を連れて春日山城の上杉景勝を訪れ和睦を申し入れ、景勝は人質は事が終わった後と言った。
草の者から徳川軍出陣の知らせが入り、昌幸は徳川が上田攻めで北条が沼田攻めと考え、信幸は1日で戦を終わらせると言い、砥石城からの側面攻めを計画した。
昌幸は徳川の忍びに上田を自由に見せて、又五郎は子供・佐助の生まれた佐平次(木之元亮)を訪れた、お江(遥くらら)は幸村を訪ねて2人はまた逢いたいと言った。
徳川と北条の陣がせまった。
- 第8回:1985年5月22日:「上田城死守」:演出・門脇正美
-
信幸(渡瀬恒彦)は砥石城から出陣し、徳川方はじっと待つ昌幸(丹波哲郎)と又五郎(夏八木勲)と幸村(草刈正雄)の上田城に対して総攻撃をかけた。
北条が攻める沼田城は、矢沢頼綱(加藤嘉)が守った。
信幸は側面攻撃をした後で一斉に上田城に引き、徳川軍は誘い込まれるように、上田城内に攻め込んだ。
徳川軍が、通った後の城下をお江(遥くらら)ら草の者が1ヶ所を残して、障害物を置いて通り道を無くした。
徳川軍を引きつけた、真田本隊は城から押し返して攻め、後方の徳川軍に紛れた真田の草の者が上杉軍の応援隊が来る噂を撒いた。
押し返された徳川軍は、空いた川に逃げたが、真田が上流の堰を切って洪水を起こしたので多くの被害を出した。
徳川の援軍が出たが、同時に豊臣の命で上杉軍も出て、徳川対豊臣の闘いになり終結した。
信幸は岩櫃城に戻り、久野(香野百合子)に角兵衛(榎木孝明)が上田に戻ったと伝え、待女・弥生(入江繭子)にも会った。
上田城では、夜に幸村にお江が来て生有る内は逢いに行くと述べ、翌日幸村は人質になるために春日山城に旅立ち、上杉景勝(伊藤孝雄)は真田を見くびっていたと言い人質ではなく近似として居るように言った。
岩櫃城では、信幸が久野が弥生を他家へ嫁入りさせたと知り、一人悲しんだ。
豊臣の斡旋で家康の真田攻めは中止になり、豊臣秀吉(長門裕之)から真田は徳川の配下になる指示があり、豊臣+徳川に戦いようもないために受け入れ、翌年の正月に昌幸と信幸は駿府城の徳川家康(中村梅之助)に挨拶に行った。
そこで家康から本多忠勝(加藤武)の娘・稲姫(紺野美沙子)を養子にして信幸に嫁がせたいと話が有った、昌幸と信幸は家康に豊臣秀吉(長門裕之)に謁見するとりなしを頼んだ。
本多忠勝は娘次第と言い、4人の男を見比べるが信幸はその態度を叱るが、稲姫は逆に信幸を気にいった。
昌幸と信幸は沼田は諦めるしかないと話し、大阪の秀吉に逢ったが上杉にいる幸村を大阪に呼びたいと言った。
昌幸は、小国の悲哀を感じた。